新選組と渋沢栄一、実は幕末の京都で奇跡的に出会っていた――土方と渋沢が認め合った日 (5/5ページ)
お役目の邪魔は一切いたしませんが、大沢が危害を加えるようなことがあれば加勢いたします。」と渋沢を認め、大沢捕縛に向かうこととなったのです。
もともと土方も農民の出身で、新選組として武士より武士らしく生きたいという信念がありました。渋沢の意見は、土方の心に刺さったのでしょう。
大沢源次郎捕縛の結末渋沢が一人大沢を尋ね陸軍奉行の申し渡しをすると、大沢は抵抗することもなく神妙に受け入れ「恐れ入りました」と平服し、あっけない幕切れとなりました。身柄は新選組に引き渡されたのです。
実は大沢は謀反を企てているわけでもなく、単なるうわさに尾ひれがいくつも付いただけだったのです。実際には大沢は談合で私腹を肥やしたり、仮病を使って京都に居残ったりした程度だったのです。それだけ反幕府勢力に対して幕府が怯えていたことがうかがえます。
まとめ今回は、渋沢栄一と新選組の意外な縁について紹介しました。
渋沢栄一と新選組の土方とは、生涯一度きりの運命の出会いでした。それぞれ全く違った道を歩むことを考えると、奇跡のような一日だったのかもしれません。
渋沢栄一は晩年に、本の中に「新選組 土方歳三」という名前を見つけます。渋沢は土方のことを「私の友達だ」と言ったそうです。出会いは一度きり、末永い交流があったわけでもありません。しかし、そのたった一度の出会いで、互いのことを理解しあえたのです。生涯で一度はこんな出会いをしたいものですね。
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