平均寿命22歳 苦界に身を落とした遊女が死して投げ込まれた、現存する「浄閑寺」とは? (1/3ページ)

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平均寿命22歳 苦界に身を落とした遊女が死して投げ込まれた、現存する「浄閑寺」とは?

江戸時代の遊女は、平均寿命が22歳程度だったといわれています。性病や過酷な環境での生活が、遊女たちの寿命を奪っていたのでしょう。

そんな遊女たちは、亡くなればお寺に投げ込まれていたというのです。

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遊女が投げ込こまれていた「浄閑寺」

吉原遊郭は最初、江戸市中にありましたが、1656年・明暦2年に移転を命じられて、翌年に現在の浅草日本堤に移転することになりました。

前の吉原を「元吉原」、移転後の吉原を「新吉原」と区別しています。

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この新吉原の近くにあった浄閑寺が、投げ込まれていたというお寺です。浄閑寺が創建されたのは1655年、明暦元年のこと。吉原が移転してくる約2年前ですね。

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