幕末の志士・坂本龍馬は子供の頃、本当に後藤象二郎と板垣退助にイジメられていたのか? (3/3ページ)

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それなら、上士である後藤や板垣は郷士である龍馬を本当に差別し、いじめていたとしても不思議はないだろう…と考えたいところですが、実はそのような記録は一切残っていないのです。

後藤象二郎が坂本龍馬の盟友として関わるようになったのは、1865(慶応元)年~1866(慶応2)年頃のこと。龍馬も後藤も、当時20代後半くらいでした。

さらに板垣退助に至っては、同じ土佐藩出身という共通点こそあったものの、生前に龍馬に会ったことは1度もありませんでした!

板垣退助 Wikipediaより

あまりにも厳しい身分差別が存在すると、お互いの接点がなくなり、日常的な「いじめ」が起こる余地すらないのかもしれません。

なぜ「いじめっ子後藤・乾」と「いじめられっ子龍馬」という設定に?

では、なぜ作品中ではこのような設定になったのでしょうか?

これは「坂本龍馬の生涯」に大きく関わってくる重要人物が長編マンガの後半になって突然登場すると、ストーリーの流れとして唐突な印象を与えるため、伏線として「子供時代からいじめっ子・いじめられっ子という関係だった」という設定にしたことが考えられます。

確かにマンガのストーリーはできるだけ分かりやすい方が、歴史にあまり詳しくない読者もすんなりと入っていけますよね。

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