歌舞伎で風紀が乱れる?江戸時代に歌舞伎や相撲が”危険視”されていた理由【前編】 (2/3ページ)

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しかし、こうした数々の歌舞伎は、風俗の乱れを懸念した幕府によって禁止されました。

その後は成年男性だけが演じられる野郎歌舞伎が残り、女性の役も男性が演じるようになります。また、初代市川團十郎が「荒事」といわれる演技様式を生み出し、こうした工夫を経て江戸の娯楽として定着していきました。

同時に、歌舞伎役者は江戸のファッションリーダーとなり、さまざまなトレンドを発信するようになります。しかし、それゆえに幕府からは警戒され、規制の対象になることも少なくありませんでした。

天保の改革では七代目市川團十郎が奢侈を理由に江戸から追放され、芝居小屋も浅草の猿若町に移転させられています。

しかし改革の挫折によって息を吹き返し、幕末から明治にかけては、博徒や義賊を主人公にした演目が人気を得るようになりました。

「始末に負えないもの」

江戸時代、歌舞伎興行を催す際には許可が必要でした。

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