歌舞伎で風紀が乱れる?江戸時代に歌舞伎や相撲が”危険視”されていた理由【後編】 (2/4ページ)

Japaaan

光台寺にある飯岡助五郎の墓(Wikipediaより)

興行界と近代の無頼者

近世までの無頼者は、博打を生業とする「博徒」と、露天商を営む「テキヤ」が中心でした。

しかし、近代に入ると下層労働者から成り上がった新興の無頼者が登場し、興行との結び付きを深めていきます。

この時期以降の明治時代の興行師には博徒を兼ねた者も存在し、縄張りを侵されると暴力的な手段で対抗することも珍しくなかったようです。

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