幻の「2代目 横浜駅」関東大震災で焼失…わずか8年の営業だったその遺構がマンションの片隅に! (3/5ページ)
昭和3年(1928年)
10月15日 3代目横浜駅が現在地で開業。2代目横浜駅は呑み込まれ、高島口乗降場に。
昭和5年(1930年)
1月26日 高島口乗降場(2代目横浜駅)が閉鎖。
ここまで2代目横浜駅の歴史を振り返ってきました。主体的な営業は8年間余りでしたが、仮駅舎や高島口乗降場としての存続期間を入れると、その歴史は約15年に及んでいます。
閉鎖後はすっかり更地とされてしまったのか、あるいは遺構があったものの、昭和20年(1945年)5月29日の横浜大空襲で焼き払われてしまったのかも知れません。
マンションの片隅に……2代目横浜駅の遺構
そんな2代目横浜駅の遺構は、その一部が現代も公開保存されています。
マンションの片隅にあったので、見学させていただきました(無料&24時間公開なので、お近くを通られたらぜひどうぞ)。
と言っても、パッと見では古ぼけた(そして一部が崩れた)レンガ造りの基礎部分だけ。素人目ではなかなかその重要性は分かりにくいですが、確かにこれは人々の交通を支えた2代目横浜駅の遺構なのです。
現地の案内板・その1二代目横浜駅
二代目横浜駅は大正四年八月十五日に開業され、大正十二年九月一日関東大震災のため焼失した。わずか八年という短命で、半ば「幻の駅」といわれている。この遺構は駅舎の基礎部分にあたる。
また、横浜共同電燈会社裏高島発電所の第二海水引入口の遺構もあり、二つの歴史上貴重な遺構が重なった珍しい遺構である。