朝ドラ『ばけばけ』ヒロインのモデル 小泉セツの故郷「松江藩」が歩んだ激動の幕末・明治 (3/4ページ)

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これは明治4(1871)年の廃藩置県に先駆けたものでした。

新時代の足音は、確かに松江藩に聞こえ始めていました。

 新時代の光と影!経済政策で潤った松江と沈んだ武士たち

江戸時代においても、すでに松江藩の藩政は窮乏しつつありました。

明治になると、松江藩はより経済発展を遂げるべく新時代に即した経済政策を採用していきます。

専売制によって木蝋朝鮮人参木綿(たたら製鉄)を統制。産業振興と藩収入の増加を目指しました。

加えて失業していく武士たちにも対策が取られます。

明治初頭から、松江藩では職を失った士族(旧武士)たちを保護するために士族授産政策を展開。養蚕・機織などが奨励され、松江でも麻苧(あさお)紡織場の設置など、官主導の授産・工場事業が試みられていきました。

群馬の富岡製糸場。官営の工場は日本の近代化の象徴でもあった。

教育改革(藩校から近代学校へ)

時代が変わったことで、教育政策も大きく転換していきます。

松江藩は大変に教育熱心な藩でした。すでに幕末からは藩校・修道館で和漢学の他に、洋学・兵学・医学も教授。最高学府として和洋の学問を広く教えていました。

明治5(1872)に学制発布後は、近代学校体制へ移行。明治8(1875)に「小学教員伝習所」が開設されて、教師の要請が始まります。

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