父の仇討ち、消息不明の最期──”夢の中”で秘術を授かった戦国時代の剣豪・林崎甚助の生涯 (3/6ページ)
林崎明神(現在は林崎居合神社として知られている)/Wikipediaより
父を殺害されたことで復讐の念に燃える甚助は、楯岡城(現在の山形県村山市楯岡楯)にいた武芸師範・東根刑部太夫のもとで修行を始めました。
そして弘治2年(1556)、実家付近にある林崎明神にて百日参籠を行いつつ、家伝の三尺二寸三分(約1メートル)の刀・信国を用いて日夜鍛錬していた際、参籠の最終日に夢の中でその明神より秘術・卍抜を授けられます。
ちなみに卍抜は、帯刀から横方向に刀を切り払う技法のこと。一見シンプルに思えますが、約1メートルの刀を扱うことから相当の技術が必要とされており、十字剣の別名でも知られています。
仇討ちと廻国修行
その後、卍抜を極めた甚助は永禄2年(1559)に元服し、父の仇討ちのために旅に出ます。
