父の仇討ち、消息不明の最期──”夢の中”で秘術を授かった戦国時代の剣豪・林崎甚助の生涯 (5/6ページ)
甚助は清正の他に塚原卜伝とも出会っており、卜伝からは鹿島新當流最高秘伝天下第一之剣を授かりました。さらに、鞍馬八流の末流で大野将監(おおの-しょうげん)が創始した将監鞍馬流の2代目継承者として、その系譜に名を連ねています。
諸国を巡り数々の剣術の修業を経た甚助は、54歳となった文禄4年(1595)に武蔵国一之宮社地に移住した後、再び諸国を巡る旅に出ました。
元和2年(1616)には川越に住む甥・高松勘兵衛のもとに身を寄せましたが、76歳となる翌年に3度目の旅に出発。その後は川越に戻ることなく、消息不明となりました。
甚助亡き後、彼が極めた剣術は夢の中で着想を得たと伝えられたことから神夢想林崎流と呼ばれました。
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