朝ドラ『ばけばけ』劇中の「松野家」と「雨清水家」のモデル、実際にどれほど収入が減っていた? (2/5ページ)

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明治の士族の給料を語る前に、まずは江戸時代の武士たちの給与体系について説明しなければなりません。

江戸時代の武士の収入は、概ね「知行(領地収入)・切米/蔵米(年俸として米)・扶持米(家族・家来人数に応じた日当的米)・給金(銀)」の4系統でした。これは身分や役目で配合が違います。

藩主が藩士たちに支払い、ある意味で君臣関係は「給料と与える側と貰う側」であったと言えますね。

しかし明治時代に入ると、この関係に変革が訪れます。

明治2(1869)年、松江藩は朝廷に版籍奉還を実行。旧藩主・松平定安知藩事に任命されます。

しかし政府の方針で、知藩事の禄高は藩高の10分の1に削減。家臣団(士族)にも禄削減が及ぶこととなりました。

さらに明治4(1871)年には廃藩置県が断行。所属する藩士たちには、秩禄が政府から支給されることとなります。

明治6(1873)年には家禄税導入と家禄の自主的な返上を実施。さらに禄高20%が削減されたと言います。

明治9(1876)年には、秩禄処分で士族への定期支給が全廃。代わりに金禄公債(5〜10%)を与えました。

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