「超々ジュラルミン」生みの親はなんと日本人!零戦を支えた“奇跡の金属”を産んだその技術開発史 (2/3ページ)
そして1936年(昭和11年)に日本の住友伸銅所(現在の住友金属工業)が、アメリカの超ジュラルミンをさらに発展させた超々ジュラルミンの開発に成功しました。
この新合金の強度は、アルミニウム合金2000番台として分類される超ジュラルミンをも凌駕するものでした。
この超々ジュラルミンが歴史に名を刻むことになったのは、零式艦上戦闘機、通称零戦の主翼材料として採用されたからです。
零式艦上戦闘機32型。主翼などに超々ジュラルミンが使われている(Wikipediaより)
軽量性と高強度を両立したこの合金は、戦闘機という用途に理想的な特性を備えていました。
零戦の生産数は約1万機に及びましたが、これほどの大量生産が可能だったのも、超々ジュラルミンの安定した供給とその優れた加工性によるものでした。
現代にも活きる技術現在のアルミニウム合金規格では「A7075」として知られる超々ジェラルミンは、一般的なアルミニウムと同等の軽量性を保ちながら、格段に向上した強度を実現していました。
ただし、この合金にも技術的な限界が存在していました。