朝ドラ「ばけばけ」虚しく孤独な最期…雨清水三之丞(板垣李光人)のモデル・小泉藤三郎の生涯 (2/4ページ)
このとき、廃藩置県や秩禄処分によって士族(旧武士)は衰退。小泉家も家運を立て直すべく機織工場を始めていきます。
当時、稲垣家に養女入りしていた姉・セツも工場に就職。旧士族の子女たちを雇い入れて職を与えていました。
しかし兄・氏太郎が町娘と駆け落ちして小泉家を出奔。次兄・武松は19歳で早逝し、四何ていたため、藤三郎が後継者と目されることとなります。
「勉学嫌い」で「鳥好き」の素顔、そして父との軋轢
藤三郎が後継者となって、多くの問題が持ち上がります。
困窮した稲垣家で育ったセツとは違い、藤三郎は苦労知らずで育っていました。当然、意識は大きく違います。
当時の記録によると、藤三郎について「学問は嫌いだが、山野を駆けて鳥の飼育・繁殖に熱中した」とあります。
そんな中、父・湊がリウマチの病を得て寝込むようになると家業は低迷。学問や仕事に身が入らない藤三郎に対し、湊は鞭で打ち据えるなどしたといいます。
こうした性格スケッチは、近年の朝ドラ関連の人物紹介でも繰り返し引かれており、近代化の波に呑まれた旧家の「不器用な末弟」の姿を伝えています。
明治20(1887)年、父・湊が病没。家運はいよいよ傾いていき、今度は小泉本家が困窮していくこととなるのです。
姉・セツと小泉八雲の「外国人結婚願」藤三郎は、決して不甲斐ない弟という存在だけであったわけではありません。