駅弁の定番「ます寿司」実は“鮎の寿司”が始まり!?ルーツは徳川吉宗も絶賛した将軍献上品だった (2/2ページ)
前田利興はそれを気に入り、ときの将軍・徳川吉宗に献上しました。すると、吉宗はこれを絶賛した、といわれています。これがます寿司のルーツであり、富山名物とうたわれるようになった理由です。
「鮎」から「マス」へご紹介したとおり、はじめは「鮎」で作られていました。これが現在のように「マス」が使われるようになったのは、江戸時代末期ごろのことでした。春になり、神通川にサクラマスが遡上するようになると、それを捕まえてます寿しが作られるようになりました。
そして、次第に旅人が憩う茶屋でます寿しが販売されるように。旅人の間でおいしいと評判になりました。おいしさが全国へと広がるきっかけになったのは、「源(みなもと)」という業者が1912年に駅弁としての販売(名前は「ますのすし」でした)が始まったことでした。
なぜます寿司は笹で包まれているの?ます寿司は、笹で包まれていますが、これはおいしさが熟成されるから。富山県内には40~50ほどのます寿司メーカーがあるといわれています。
メーカーによって「ます寿し」「鱒の寿司」「鱒寿司」など呼び方や表記は異なります。
また、基本的・伝統的な作り方は守りながらも、塩漬けの加減や酢の風味、マスの厚み、酢飯の押し具合などはそれぞれです。
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