孔子を「斬る」と言い放った学者!幕末尊王思想のルーツはここに…知られざる山崎闇斎の生涯【前編】 (2/2ページ)
闇斎はただ経典を講じるだけではなく、自分の言葉で考え、弟子と議論を重ねました。その厳しさと真剣さが、多くの人を惹きつけたのでしょう。
神儒融合への道1665年、江戸に赴いた闇斎は、会津藩主・保科正之に迎えられました。ここで彼は藩政に助言する一方、吉川惟足の神道を学びます。そして、儒学と神道を統合した「垂加神道(すいかしんとう)」を生み出しました。
神々を儒学的な秩序の中に位置づけ、日本の社会や政治を説明し直す。その独創性は、従来の神道とも幕府の朱子学とも異なる新しい思想でした。
それでは次に、この思想がどのように受け継がれ、幕末の尊王思想に結びついていくのかを見ていきます。
参考文献
伝記学会(編)『山崎闇齋と其門流』(1938 明治書房)
伝記学会(編)『 (増補・山崎闇齋と其門流』(1943 明治書房)
澤井啓一『山崎闇斎:天人唯一の妙、神明不思議の道』(2014 ミネルヴァ書房)
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