2026年大河【豊臣兄弟!】主人公・豊臣秀長(仲野太賀)をとりまく正室や側室、妾たちの顔ぶれ紹介 (2/6ページ)
歴史から消えた幻の息子・羽柴与一郎の謎多き生涯
秀長の正室・慈雲院
生没:生没年不詳
実名:不詳
別名:智雲院、慈雲院芳室紹慶
家族:不詳
子女:羽柴与一郎か?
養子:岩(智勝院)、おきく(大善院)、羽柴秀保など
備考:役名の慶は慈雲院芳室紹「慶」から。
出身や家族について、詳しいことは分かっておらず、謎の多い女性です。
秀長との出会いなどについても不明。ただし嫡男の与一郎が天正10年(1582年)ごろに亡くなっており、その時点で通称を名乗っていた≒元服していた(15歳ごろ)ことから逆算して、結婚時期を永禄9~10年(1566~1567年)とする説もあります。
当時の結婚適齢期が15~18歳ごろであるため、そこからさらに逆算すると、天文19年(1550)ごろの生まれだったのかも知れません。
また秀長は信長の直臣となっており、家格の釣り合いを考えると、彼女の実家も尾張または美濃の織田家直臣であった可能性が考えられます。
天正13年(1585年)に秀長が大和国を与えられたことに伴い、彼女も大和郡山城へ移り住んで来ました。
