【世界遺産】熊本県・万田坑(まんだこう)はなぜ“近代日本の鍵”だったのか?技術と歴史を読み解く (3/3ページ)

Japaaan

時代の流れとともに、閉山を迎える

石炭は日本の近代化を進め、万田坑は第二次世界大戦後の日本の復興にも大きく尽力しました。しかし、石油などへのエネルギー転換、石炭の内外炭価格差などによる経営悪化で、石炭産業は衰退していきました。

1951年(昭和26年)には、採炭効率の低下により、採炭が中止され、第一竪坑などの諸施設も解体。そしてついに、1997年に万田坑は閉山となりました。

現在の「万田坑(まんだこう)」と一般見学

万田坑は、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつとして、2015年に世界遺産に登録されました。

現在は、当時のまま保存されているレンガ造り建物や、炭鉱夫たちが地底と地上を行き来した坑口、巨大な機械が残る機械室などを見学することができます。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「【世界遺産】熊本県・万田坑(まんだこう)はなぜ“近代日本の鍵”だったのか?技術と歴史を読み解く」のページです。デイリーニュースオンラインは、竪坑三池炭鉱万田坑産業革命荒尾市カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る