徳川家康が愛した“無欲の男”——静岡の地名にも残る謎の豪農・惣右衛門とは何者だったのか? (4/4ページ)
腹掛けはその辺にあったものだろう(春日局なら家康に直談判しかねない)し、家康が重傷を受けたら治るまでの期間、隠し通すのは容易じゃありません。そしてカギについても、より然るべき立場の者が管理したことでしょう。
しかしこうした逸話には「みだらけ惣右衛門なら、そのくらい家康から信頼されていたかも知れない」という期待が込められています。
また「みだらけ」には「のんき者」という意味もあったそうで(身懶け?)、こんな逸話もありました。
ある日、惣右衛門が家康に献上しようと沢山のドジョウを捕らえ、わら筒に入れて駿府城へ向かいます。しかしわら筒は作りが粗かったのか、ドジョウはみんな逃げてしまいました(数匹だけ残っていたバージョンも)。
家康は呆れるやらおかしいやら。惣右衛門に褒美を与えますが、惣右衛門はもらった褒美を村のみんなにすっかり分けてしまったそうです。
その無欲さを愛でて、家康は改めて褒美を与えたのでした。たぶん「今度は分けなくてよいぞ」と言ったことでしょう。
終わりに今回は静岡県焼津市「惣右衛門」の地名について、そのモデルとなった「みだらけ惣右衛門」こと良知惣右衛門について調べてきました。
戦国乱世を生き抜いた割には随分と純朴な人柄だったようですが、だからこそ家康からも愛されたのでしょうね。
のんきで無欲で、純粋にみんなのことを思いやる。そんな「みだらけ」の精神は、現代社会でも求められているように感じられます。
【参考資料】
徳川家康公に愛された焼津の「みだらけ惣右衛門」から考える持続可能な地域の社会とは? 「月刊むるぶ 藤枝・焼津版 Vol174」2023年3月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan