徳川幕府、威信失墜の始まり「天保の改革」――水野忠邦の失策と薩摩・長州の成功を比較 (4/5ページ)

Japaaan

薩摩藩は、下級武士から登用された調所広郷が中心となって改革を進めました。

調所広郷像(Wikipediaより)

調所の改革の内容は徹底的な緊縮財政・借金の事実上の棚上げ・奄美大島の黒砂糖の専売、そして琉球王国との密貿易などなかなか急進的なものでした。

また長州藩では、薩摩と同様に村田清風がやはり藩の多額の借金を整理し、紙や蠟の専売を行います。さらに萩焼などの陶磁器の販売独占などによって利益を上げました。

村田清風の肖像(Wikipediaより)

薩摩・長州だけではなく、肥前や土佐、宇和島藩や越前藩でも改革が進みます。

「徳川幕府、威信失墜の始まり「天保の改革」――水野忠邦の失策と薩摩・長州の成功を比較」のページです。デイリーニュースオンラインは、天保の改革水野忠邦徳川幕府長州藩薩摩藩カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る