幕末の人斬り・岡田以蔵のイメージに潜む多くの誤解——創作が歪めた史実とのギャップを解説【前編】 (2/4ページ)
郷士は、その下士の中でも最も上に位置づけられるとされており、よく農民と武士の中間にあたる下層武士と説明されがちです。
しかし、実際には農業経営で財をなした裕福な者も多く、その実態は多様でした。郷士はれっきとした武士階級だったのです。
さらに土佐藩には「白札」という制度があり、功績を認められれば下士から上士へと取り立てられる道も開かれていました。
司馬遼太郎の作品などで描かれるような、絶対的で越えられない身分差というのは、やや誇張された見方だったと言えます。
誤解の始まりそこで岡田以蔵の家柄ですが、小説などでは足軽の家に生まれた貧しい青年として描かれることが多いですが、これは誤りです。
彼の父は一八四〇年代に外国船の来航に備えるための海岸防備の役目を務め、その後、城下での居住を許されています。
これは、郷士の中でも比較的順調に出世した家柄であったことを示しています。
以蔵自身は、土佐勤王党を率いた武市半平太の道場で剣術を学びましたが、師である武市もまた、白札制度によって郷士から上士になった人物です。