「明治維新=近代の始まり」は古い常識——“近代日本”はペリー来航時すでに始まっていた! (2/4ページ)

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ペリー来航の時点で既に「日本の近代」は始まっており、明治時代も徳川時代の旧体制が引き継がれていたのです。

実際、明治政府は、幕府が積み上げてきた制度や政策を多く受け継ぎ、その上に新しい改革を加えていきました。

幕府は19世紀前半から、国内の矛盾と外国の圧力という大きな危機に直面していました。この危機を解決しようとする中で、幕府はすでに近代化に向けた準備を進めていたのです。

主導権争いがメイン

日本史の時代区分も、こうした連続性を反映して変わってきています。小中学校では縄文・弥生・古墳・飛鳥など細かな時代名を学びますが、高校では原始・古代・中世・近世・近代・現代と大きく分けます。

これについて、昔は「近代=明治維新から」とされていました。

しかし現在の歴史学では、近代の始まりをペリー来航、つまり1853年の黒船来航に置くようになっています。

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