幕末のペリー黒船来航の本当の狙い…アメリカは日本の「3つの港」を中継地にしたかった! (2/4ページ)
1840年代末には太平洋岸に到達し、新たな市場を求めざるを得なくなったのです。
特に急成長したのが捕鯨産業です。鯨油は機械の潤滑油として欠かせず、需要が爆発的に増えました。
しかし太平洋での捕鯨を拡大するには、補給基地が必要です。
中国市場もアメリカにとって重要でした。しかし中国の主要港はすでにイギリスやフランスが押さえており、後発のアメリカは不利な立場にあったのです。
そこで目を付けたのが、日本列島です。日本を中継地にすれば、中国へのアクセスが容易になります。
また、太平洋航路の短縮も大きな魅力でした。大西洋経由では中国へ行くのに130日かかるのに対し、太平洋経由なら約1/7の時間で済みます。
アラスカから北太平洋を下る捕鯨ルートの中間地点としても、日本は最適でした。
こうした理由により、ペリーは単なる開国ではなく寄港地と補給地の確保を狙っていたのです。
世界史と3つの港箱館・下田・琉球の3港は、太平洋航路上でほぼ等間隔に並びます。
そしてそれぞれ、箱館は北海道の最北端に近く、捕鯨船が北太平洋で活動する際の補給に最適です。
また下田は伊豆半島の南端にあり、黒潮の流れを利用した中継点として便利です。
最後に、琉球は沖縄に位置し、台湾や中国南部への入り口となります。