黒船見学は庶民の娯楽だった!?幕末の「黒船来航」にまつわるさまざまな俗説と勘違い (3/5ページ)

Japaaan

『赤蝦夷風説考』(Wikipediaより)

よって、1853年のペリー来航は庶民にとっては驚きでも何でもなく、ほとんど予想された出来事でした。

庶民には、外国船を受け入れる気持ちの余裕と経験値があったのです。

浦賀に4隻の軍艦が現れた当初は混乱があり、避難する人もいましたが、しかし次第に黒船見物が娯楽化していきます。

江戸時代「黒船」は庶民の好奇心を刺激した!ペリー来航に人々はどう反応したのか

ペリーが事前通告のうえで大砲を発射すると、江戸の町人は驚きながらも湾岸に集まり、花火でも見るかのように楽しんだといいます。

黒船来航は恐怖の対象どころか、庶民の好奇心を刺激する一大イベントになったのです。

「黒船見学は庶民の娯楽だった!?幕末の「黒船来航」にまつわるさまざまな俗説と勘違い」のページです。デイリーニュースオンラインは、黒船来航ペリー幕末江戸時代外交カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る