黒船見学は庶民の娯楽だった!?幕末の「黒船来航」にまつわるさまざまな俗説と勘違い (4/5ページ)
あの狂歌は間違い
ところで、当時の有名な狂歌として《泰平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず》というのがあります。
実はこの作品は、最近では教科書にほとんど掲載されなくなりました。内容が不正確だというのがその理由です。
ペリー艦隊は実際に4隻の軍艦を率いてきたのですが、このうち蒸気船はペリー自身が搭乗していたサスケハナ号とミシシッピ号の2隻だけ。残りのプリマス号とサラトガ号は帆船だったのです。
しかもミシシッピ号は故障で自走できず、サスケハナ号に曳航されていました(なんかカッコ悪いですね)。となると狂歌の「蒸気船4隻」という表現は不正確で、読んだ人からは蒸気船が4隻であったと誤解されかねません。
またここまで見てきた事実からも明らかなように、江戸の庶民も幕府も黒船来航によって「夜も眠れ」ないほどの恐怖と驚きをおぼえたわけではありません。
先に述べた通り、江戸時代は多くの人が外国船を見慣れており、密貿易や沿岸警備を通じて経験を積んでいたのです。
そういう意味でも、上記の狂歌は歴史に関する誤解を植え付けかねないものだと言えるでしょう(実際、植え付けられた人も多いでしょう)。