『豊臣兄弟!』菅田将暉ビジュアル公開!軍師・竹中半兵衛は美貌と理性を持ち合わせた戦国インテリだった
公式SNSなどで次々と配役やビジュアルが発表されているNHK大河「豊臣兄弟!」。
先日、「戦国時代を代表する名軍師」「秀吉の参謀」「若くして亡くなった天才」などとして知られる竹中半兵衛(菅田将暉)の扮装がリリースされ、「ピッタリ!」「楽しみ!」などと、ファンの間で反響を呼んでいます。
菅田将暉さんといえば、役に合わせてかなり“作り込む”ことで知られ、日本アカデミー賞の新人賞や最優秀男優賞はじめ、数々の賞を総なめしている実力ある俳優さんです。
NHKの大河では「おんな城主 直虎」の井伊直政 、「鎌倉殿の13人」の源義経は、いまだに記憶に鮮明に残っています。(個人的に特に好きだったのは、美少年好きという噂のある家康に迫られ、ドキマギしている井伊直政。直政も超美青年という話でしたね)
今回のドラマでは、豊臣兄弟と竹中半兵衛との出会いが登場するのは、まだ先のようです。
まるで婦人のような優男! 織田信長が惚れ込んだ戦国時代の天才軍師「竹中半兵衛」の逸話【前編】そこで、合戦や戦略などの有名な話はいったん脇に置き、史実でも「まるで女性のように美しい男」と伝わる竹中半兵衛と菅田半兵衛を想像しつつ、苛烈な戦国を生き抜いた一人のインテリであり少し変わったところもあった、そんな人物像を追ってみました。
菅田将暉演じる竹中半兵衛。 NHK大河『豊臣兄弟!』@NHK
“知”と“静”の竹中半兵衛竹中半兵衛重治は、美濃国の土豪・竹中氏の出身で、若くして斎藤龍興に仕えた人物です。(今回の斎藤龍興役は濱田龍臣さん。大河では「龍馬伝 」で坂本龍馬の幼少時代を演じていました)
織田信長が美濃へ侵攻するさなか、わずかな兵で稲葉山城(岐阜城)を一時的に掌握した逸話で、その名を知られるようになりました。
のちに斎藤氏を離れ、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉/池松壮亮)に迎えられ、参謀として仕えます。
といっても、合戦で華々しく駆け巡り、バッタバッタと敵をなぎ倒す英雄という人ではありません。状況を読み、人を動かす役割を担い、秀吉の政権形成を知略や判断力などで支えたという、インテリな人。
群雄割拠の戦国時代、そんな“知”と“静”のイメージが漂う人物像が、今日まで語り継がれる理由ではないでしょうか。
「異様なほど整った顔立ち」と言われるビジュアル
竹中半兵衛は、戦国武将の逸話470条を収録した江戸時代中期の逸話集『常山紀談』や秀吉の伝記『太閤記』によると「その容貌、婦人の如し」という記述が残されているほど、美しいビジュアルだったようです。
およそ戦場が似合わないような細見で中性的なルックスだったために、斎藤家時代には同僚にいじめも受けていたとか。
現在残されている「竹中重治像」(画像1)をみると、なかなか強面で華奢なイメージはないのですが。
けれども、豊原国周、歌川国芳など浮世絵師が描いた作品(画像2)も見ると、かなり整った顔立ちに描かれています。(歌舞伎役者が演じているものもありますが)。こちらのほうが菅田半兵衛に近いようですね。
ビジュアルのよさが本人にとってどう役立ったかは、知るよしもありませんが、普段は口数が少ないおとなしい“静”の人物でも、いざとなれば、政にやる気のない主君・斎藤龍興を稲葉山城から追い出して乗っ取るという大胆な智謀も発揮する……
そんなギャップも魅力なのかもしれません。
1)強面な印象。竹中重治像(禅幢寺所蔵)wiki public domain
2)こちらはシュッとしたお顔立ち。「太平記英勇伝 建中官兵衛重治」歌川国芳 public domain
病弱であるからこその思考や体の慎重な管理竹中半兵衛は、女性のような風貌だっただけではなく、幼い頃から体が弱く、戦乱でもしばしば病を患っていたとか。そのため“出陣するときも静かに馬に乗っているだけ”という逸話もあります。
決して、武勇伝を誇るタイプではありませんでした。その分、それを上回るほどの状況判断力や人心掌握力を持ち、頭脳作戦に秀でていたようです。
常に自分の体の不調と隣り合わせだった半兵衛。いつ何が起こるか予測のできない戦国では、体調不良による一瞬の判断ミスがそのまま命運を分けてしまうこともあるでしょう。
半兵衛は、しばしば病に臥しながらも、戦場に戻って陣中で死を迎えることを望んだといいます。(本人の願い通り、36歳という若さで合戦中に病に倒れて陣中にて死去したそうです。)
半兵衛を語るときにしばしば使われる “慎重”という表現ですが、望み通りに“その時”を迎えるために、自身の体調管理も常に慎重に考えていたのかもしれません。
「竹中半兵衛 中村仲蔵」豊原国周 public domain
「小便」にまつわるエピソード2つ竹中半兵衞衛にまつわるエピソードで有名なものといえば「小便事件」。
前述した、「稲葉山城のっとり事件のきっかけにもなった」(諸説あり)ともいわれています。
政に興味を持たない主君・斎藤龍興に、まじめなことしか言わない半兵衛が煙たく疎ましかったのか、龍興サイドの家臣が、やぐらの上から小便をかけバカにしたというエピソードです。
その行為にキレた半兵衛。その場では静かに立ち去ったものの、数日後に稲葉山城に攻め込んで乗っ取り、その家臣は叩き斬ったとか。
さらに、半兵衛は息子に戦の話をしている最中、息子が小便に立ち上がったので「竹中の息子なら戦の話に夢中になれ」と怒ったという話もあります。「夢中になって漏らすべきだ」とも。
単純に話を切られたので怒ったのではなく、もしかしたら自身が体が弱いことから、排泄のタイミングなど身体の状態がとっさの判断力や精神力などに影響することを誰よりも理解していていたからかもしれません。
“排泄のタイミングも行動計画の中に取り入れる”という慎重さを持て!という考えがあったのかもと想像してしまいます。
剣の強さだけではなく、己を律することで戦国を生き抜こうとした半兵衛。“小便へのこだわり”という一見笑い話のような逸話も、半兵衛が「戦う前に自分を整える」人物だったことを、物語っているのかもしれないと思いました。
『太平記英勇傳 斎藤竜興』落合芳幾 public domain
最後に戦国の世を表現する作品では、とかく勇猛果敢だったり壮絶な悲劇を迎えたりするヒーローが主流になるようです。けれども、竹中半兵衛は、整った思考と頭脳によって乱世を生き抜いた、少し異質な存在だったように思います。
半兵衛に関する逸話や美談の多くは、後世の創作によるもので、史実上の実像が不明瞭な人物だそう。
けれど、私見ですが、大河ドラマは、ときに明確ときに不明瞭な史実と創作を織り成して作られる脚本、役者の演技、大道具・小道具、撮影手法ほか、さまざまなスタッフのクリエイティビティが集結した「総合芸術」だと思います。
その大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、菅田将暉さんはこの役をどう立ち上げるのか。
画面の端で、わずかな表情の揺れや、慎重すぎるほどの振る舞いが描かれるなら。史料に残る竹中半兵衛と大河の菅田半兵衛が、静かに重なり合うのかも……と、登場を楽しみにしています。
左:竹中半兵衛 菅田将暉(@NHK)右:歌川国芳 「太平記英勇伝 建中官兵衛重治 竹中半兵衛」
※関連記事:
大河「豊臣兄弟!」菅田将暉が竹中半兵衛 役に!森蘭丸、織田信勝などの新キャスト5名が発表参考:
・東大教授がおしえる やばい日本史 本郷 和人
・軍師 竹中半兵衛 笹沢 左保
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