大河【豊臣兄弟!】無刀で敵3人を討つ!織田信長「六人衆」の強者・伊東長久の武勇伝 (3/3ページ)
やがて信長が本能寺で横死を遂げ、織田政権の乗っ取り抗争においても、長久は活躍します。
天正12年(1584年)の小牧合戦では秀吉本陣の護衛する小姓組七手の合計四千の軍勢を指揮しました。
【小姓組七将】
尼子六郎左衛門(あまご ろくろうざゑもん) 池田与左衛門(いけだ よざゑもん) 伊東長久 佐久間忠兵衛(さくま ちゅうべゑ) 佐藤主計頭(さとう かずえのかみ) 速水守久(はやみ もりひさ) 真野助宗(まの すけむね)この頃になると、さすがに最前線で槍を奮うことはなくなり、一軍の将として采配を振るっていたことでしょう。
続く天正13年(1585年)にも佐々成政を討伐するべく越中国へ遠征します。しかしその途上、金沢または小松の地で病死してしまいました。
享年53歳。まだまだ戦いたかったでしょうに、志半ばに世を去った無念が偲ばれます。
伊東長久・基本データ 生没:天文2年(1533年)生~天正13年(1585年)8月没(享年53歳) 両親:父親 伊東祐元(若狭守) 兄弟:伊東武兵衛、伊東長久 妻妾:川崎氏 子女:伊東長実、女子(平野道茂室) 通称:清蔵、七蔵 改名:祐之→祐久→長久 異名:編笠清蔵(信長が命名) 戒名:善真 主君:織田信長→豊臣秀吉 役職:六人衆・赤母衣衆(信長時代)→黄母衣衆・旗奉行・小姓組(秀吉時代) 終わりに今回は織田信長と豊臣秀吉に仕えて武勇を奮った「六人衆」の一人・伊東長久について、その生涯をたどってきました。
かなり癖が強そうな人物ですが、周囲との人間関係がどうだったかなども気になりますね。
果たしてこの伊東長久はNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」に登場するのか、登場するなら誰がキャスティングされるのかも気になるところです。
※参考文献:
高柳光寿ら『戦国人名辞典』吉川弘文館、1981年10月 谷口克広ら監修『織田信長家臣人名辞典』吉川弘文館、1995年1月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
