【豊臣兄弟!】藤吉郎(池松壮亮)と寧々(浜辺美波)が結婚へ…結婚に大反対した生母・朝日殿とは? (2/5ページ)
一説には実名を「おこひ」とも言うそうですが、確かなことは分かっていません。
兄に杉原家次(いえつぐ)と杉原源七郎(げんしちろう)、姉妹にふく(七曲殿。浅野長勝室)がいました。
やがて木下定利(きのした さだとし。杉原定利)を婿に迎え、一男三女をさずかります。
長男・木下家定(天文12・1543年生) 長女・くま(長慶院。生年不詳、三折全友室) 次女・寧々(高台院。天文18・1549年生) 三女・やや(長生院。弘治3・1557年生・浅野長政室)※浅野長勝の娘とも。やがて寧々を浅野長勝(宮川一朗太)の養女に出しますが、永禄4年(1561年)に寧々と藤吉郎が結婚してしまいました。
寧々は当時まだ13歳、いくら戦国時代とは言え、いささか早すぎる気がしなくもありません。
『藩翰譜』によると、寧々は前田利家(大東駿介)と婚約していましたが、それを藤吉郎が奪い取ってしまったと言います。さすがは泥棒猿と言ったところでしょうか。
『杉原氏系図』の説明では、生母の朝日殿と養母の七曲殿に結婚を阻まれてしまった藤吉郎が、養父の浅野長勝に懇願して認めてもらったそうです。さすが人たらしと言ったところでしょうか。
後に和解した?