【豊臣兄弟!】“寝返り” 秒読みな佐久間盛重…史実では織田信長に最後の注進、丸根砦で迎えた最期 (2/5ページ)
織田家には信長の父である織田信秀(のぶひで)の代から仕えており、天文18~21年(1549~1552年。諸説あり)に信秀が亡くなると、信長の弟である織田信勝(のぶかつ。中沢元紀)に仕えます。
……御舎弟勘十郎(信勝)公家臣柴田権六佐久間大学……
※『信長公記』首巻九「備後守(信秀)病死之事」より。
やがて信長と信勝が対立すると、同族である佐久間信盛(菅原大吉)らと共に信長へ鞍替えしました。そして信勝に与した柴田勝家(山口馬木也)や林秀貞(諏訪太朗)らに備えて名塚砦の守備を担当します。
……名塚と云所に御取出被仰付佐久間大学入をかれ候……
※『信長公記』首巻十八「勘十郎(信勝)殿林柴田御敵之事」より。
弘治2年(1556年)の稲生合戦では砦を死守して敵将の橋本十蔵(はしもと じゅうぞう)を討ち取る武功を立てました。
……林美作頸は 織田上総介信長討とり給ふ 録田助丞 津田左馬丞討とる 富野左京進 討とる 山口又次郎 木全六郎三郎討とる 橋本十蔵 佐久間大学討とる 角田新五 松浦亀介討とる 大脇虎蔵 かうべ平四郎……
※『信長公記』首巻十八「勘十郎殿林柴田御敵之事」より。