昭和の幕開けを揺るがしたマスコミの大誤報「光文事件」――昭和改元で起きた“世紀の誤報”の真相 (3/4ページ)

Japaaan

倉富勇三郎(Wikipediaより)

また、元老の西園寺公望や内大臣牧野伸顕も「第一案(昭和)が良い」と述べていたと記録されています。

この段階で、新元号は事実上「昭和」に決まっていたのでしょう。

つまり、光文事件は「光文が本命だったのに差し替えられた」という話ではなく、情報統制下で新聞が誤った断片情報を“確定情報”と誤認した結果だったと考えられます。

実際、倉富の日記にも、改元詔書の字句調整以外に元号差し替えの痕跡はありません。

もっともらしい陰謀説

では、なぜ「光文差し替え説」が広まったのか。

それは、誤報の衝撃があまりに大きかったからです。東京日日新聞では社長が辞意を表明し、最終的には編集主幹が辞任する事態にまで発展しました。

この混乱の中で、「本当は光文だったのに、新聞が先に出したから昭和に変えられた」という陰謀論が生まれたのです。

後年、NHKの番組で「光文を選んだ」と語った人物もいましたが、裏付けは乏しく、研究者の所功氏も「最終段階での差し替えはあり得ない」と明言しています。

光文事件は、情報が限られた時代に起きた典型的な誤報でした。

しかし、ここから学べることは今も変わりません。情報が断片的なときほど、人は“もっともらしい物語”に引き寄せられます。

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