戒名を与えられた宣教師…遠藤周作『沈黙』ロドリゴ神父の実在モデル、キアラ神父の生涯 (2/4ページ)

Japaaan

その知らせは欧州全土に衝撃を与えました。イエズス会は名誉回復のため、殉教覚悟で日本に潜入する宣教師を送り込みます。その一人がキアラ神父でした。

“転び”の真相

一六四三年、キアラ神父らは玄界灘の大島に潜入しましたが、上陸直後に幕府に捕らえられ、長崎奉行所を経て江戸へ送られました。

ここで彼は、棄教したフェレイラ神父と再会します。フェレイラは幕府に協力し、キリシタンを追い詰めるには、肉体的な苦痛よりも精神的に追い詰める方法の方が適していると助言していたとされます。

当時の記録によれば、フェレイラと捕らえられた宣教師たちの対話は、イエズス会本部に報告されたといいます。絵画資料も残っており、当時の状況を裏付けています。

その後、キアラ神父は穴吊りの拷問を受け、三日後に「転んだ」と記録されています。

ここだけを切り取って見ると、彼は信仰を捨てた宣教師の一人に見えます。しかし史料をたどると、単純な棄教とは言い切れないことが分かります。

一六四六年、彼は江戸の切支丹屋敷に幽閉されました。その後は奉行の求めに応じ、キリスト教の教理を説明する書を著したとされます(ただしこの書籍は現存しません)。

切支丹屋敷跡の碑(Wikipediaより)

つまり彼は、完全に信仰を捨ててはいなかったのです。

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