戒名を与えられた宣教師…遠藤周作『沈黙』ロドリゴ神父の実在モデル、キアラ神父の生涯 (3/4ページ)
外面的には棄教しても、内心では信仰を保っていた可能性があるということは、遠藤周作が『沈黙』で描いた 外面の否定と内面の信仰 というテーマと重なります。
“沈黙”のあとに残ったものキアラ神父は一六八五年、八四歳で病死しました。遺体はキリスト教では禁忌とされる火葬に付され、戒名 として「入専浄真信士」 が与えられます。
この戒名の「入専」はジュセンと読み、彼の名であるジュゼッペに由来すると考えられています。そして冒頭で記した通り、墓碑は雑司ヶ谷から調布へと移動したのです。
興味深いのは、イタリアでは彼が殉教者として伝えられている点です。彼は棄教者ではなく、信仰を守った人物として尊敬されてきたのです。
イエズス会の解釈の趣旨としては、こうです。「神は棄教した者の弱さも知っている。日本の信仰の中には殉教をもって守られた強い根が張っている」。
これは遠藤周作が『沈黙』の中で描いた「沈黙の神」の問いに対する、一つの答えでもあるでしょう。
遠藤は日本を、異教が根付くことのない沼として表現しましたが、深い信仰を持つ人たちにとっては、決してそのような絶望の地ではなかったということです。