出世と贅沢の果てに転落…秀吉に重用された豪商・呂宋助左衛門、石田三成の摘発で国外逃亡! (3/3ページ)
1598年、助左衛門の邸宅が「身分不相応」として、石田三成らから検挙の動きが出ます。危険を察知した助左衛門は、財産を寺に寄進するなどさっさと処分をして、再びルソンへと逃れました。
いったんルソンの日本人街に潜伏した後に、次へ向かった先は安南(ベトナム)といわれています。彼はそこでも再び商人として頭角を現し、現地の王朝に重用されたと伝えられています。
転んでもただでは起きぬ、商魂たくましい人物ですね!堺という自由都市が育んだ型破りな精神は、今の時代にも通じる「挑戦」の重要性を教えてくれます。
参考:陽光美術館、彦根城博物館など
画像:Wikipedia、フォトAC
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