朝ドラ「ばけばけ」史実では庄田多吉と結婚!野津サワ(円井わん)のモデル・山脇房子、渡部トミの生涯 (2/5ページ)
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朝ドラ「ばけばけ」事件に巻き込まれ逮捕、台湾へ…庄田多吉(濱正悟)のモデル・本庄太一郎の生涯 校長と社会活動家の二刀流!女性の社会進出を後押しした山脇房子慶応3(1867)年7月5日、山脇房子は出雲国松江北田町で、松江藩士・小倉忠の長女として生を受けました。
同年10月には大政奉還が、翌慶応4(1868)年には、鳥羽・伏見の戦いによって江戸時代終わりを告げました。
明治となった世では、旧武士(明治は士族)の身分は安泰ではありません。女性も自身の道を切り開く必要性に迫られていきます。
新しい時代で、房子が特に力を入れたのが学問、とりわけ西洋の知識でした。
明治16(1883)年、房子は松江女子師範学校を卒業。教員としての資格を得ています。
しかし房子は、すぐに教員の道に進まず、新しい知識を貪欲に深めます。
卒業後、房子は仙台でアメリカ人宣教師スワルツ夫妻のもとで半年間英語を学びました。
明治18(1885)年には上京。イギリス人ホールで2年間にわたって経済学や文学の知識を深めます。
さらにイングランド国教会の宣教師カロライン・カルクスの元で英語や西洋の作法を学びました。
朝ドラ「ばけばけ」では、野津サワが勉学に励むシーンが度々強調されます。
モデルとなった房子自身も、教育者としての知見を深め、新しい時代に適用するために取り組む女性でした。
