なぜ戦国時代の武将は「鷹狩り」を好んだ?家康もハマった、娯楽だけじゃない政治的な狙い (3/4ページ)

Japaaan

下位者から獲物が献上され、上位者より賜答(※)されるやりとりを通じて、上下関係や両者の絆が示されました。

(※)褒美を賜うことをもって答える行為。

盟友など対等な関係であれば互いに獲物を贈り合うなど、今後の関係強化につながる配慮がなされたことでしょう。

そして帰り道(凱旋)も、武威をもって帰城。どんなに疲れていても、最後まで気を抜かない心構えが鷹狩りの成功には不可欠でした。

家に帰るまでが遠足ならば、お城に凱旋するまでが鷹狩りだったようです。

終わりに

鷹狩りを好んだ家康(イメージ)

今回は戦国時代の大名や武士たちが精力的に行った鷹狩りについて、その政治的意義を紹介してきました。準備も大変だったようですね。

現代でも接待や外交の手段として、ゴルフなどの各種レクリエーションが活用されていますが、そのような感覚でしょうか。

鷹狩りはさらに、軍事パレードや防犯パトロールなどの効果も付加されていたようです。

鷹狩りをすれば必ず名君・名将というわけではないものの、名君や名将の多くは鷹狩りを好んでいました。例えば徳川家康などが有名ですね。

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