朝ドラ【風、薫る】予習:日本のナイチンゲール!ヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)のモデル・大関和の生涯

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朝ドラ【風、薫る】予習:日本のナイチンゲール!ヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)のモデル・大関和の生涯

いよいよ、この3月30日(月)から放送が開始するNHK朝ドラマ『風、薫る』

“看護婦養成所を卒業した二人の実在の女性”が、当時まだ日本にはなかった看護婦という職業の確立のために奮闘する物語です。

2月からキャスト、Mrs. GREEN APPLEの主題歌、メインビジュアル、新たな出演者と次々発表され、最近はよりストーリーの輪郭が鮮明になってきました。

以前の記事で、ドラマの予習のお供として、

▪️「看護という概念がなかった」明治の時代背景
▪️「看護婦」という職業が生まれたわけ
▪️近代的な働く女性を育てる教育機関でもあった看護学校
▪️命を守る「看護」の仕事が差別されたわけ

などを、ご紹介しました。

朝ドラ【風、薫る】予習:看護が“賎業”と呼ばれた時代、実在2人の女性が切り開いた「看護師」という道

今回は、モデルとなった、看護婦という道を切り拓いた実在の人物、大関和鈴木雅についてご紹介したいと思います。ヒロインの人間像を知っておくと、時代背景や「看護」という仕事の重要さなどが分かり、よりドラマを楽しめるでしょう。

※現在では、性別には限定されないために「看護師」という呼び方に統一されていますが、大関和が活躍した時代を伝える内容のために、記事内では「看護婦」という呼び方で統一してます。

「風、薫る」NHK公式サイトより

女性の自立や看護師の認知向上に尽力するダブルヒロイン

『風、薫る』のダブルヒロイン、大関和(おおぜきちか)と鈴木雅(すずきまさ)は実在の人物です。

文明開花が急速に進む明治時代に、新しい文化や学問などとともに「西洋式の看護学」が日本に入ってきました。

史実では、大関和、鈴木雅ともに「トレインドナース(※)」になるために、桜井女学校内の「看護婦養成所(桜井看護婦学校)」に同期として入学し、最新の看護を学びました。

ドラマでは、大関和をモデルにした「一ノ瀬 りん(見上 愛)」と、鈴木雅をモデルにした「大家 直美(上坂 樹里)」がダブルヒロインになります。

公式サイトによると、「一ノ瀬りん」は、

栃木県那須地域の山すその町で、元家老の家に長女として生まれる。物心ついた頃には一家は帰農していて、細やかではあるが不自由のない暮らしに幸せを感じていた。
「己の良心に恥じないか」が判断基準。育ちは良いが視野が狭くなりがち。いざという時に潔く思い切った行動力がある。

というキャラクターだそう。

一方、「大家 直美」は、

生後まもなく親に捨てられ、キリスト教の牧師に育てられた。教会を転々としてきたので「家族」と呼べる存在はいない。直美にとって信じられるのは自分の力と運。恥などいくらかいてもかまわない。プライドなど役に立たない暮らしだったため、目的のためには多少のうそやズルをもいとわない柔軟さとしたたかさがある。

というキャラクター。

生まれや育ちも、考え方ややり方も、まったく異なる二人の女性が、看護の世界で、患者や医師などあらゆる人々とぶつかりながらも成長していく……という、実話をもとにストーリーをふくらませた物語になるようです。

NHKの朝ドラでは、今回のように「医療分野」が舞台で、ヒロインが「組織の中で働きながら新しい制度を支えていく」という話は珍しいそう。

看護分野では超有名人ですが、一般的には「知る人ぞ知る」人が主役で、さらに「血縁関係ではない女性が二人がダブルヒロイン」という設定は、NHK連続ドラマ初の試みだそうなので、かなり興味深いですね。

※トレインドナース:正式な看護教育を受け、専門知識・技術を修めた看護師

元家老の家の長女、一ノ瀬りん。NHK「風、薫る」公式サイトより

武家の娘が選んだ「看護」の世界

大関和という女性は、安政5年4月11日(1858年5月23日)に、栃木県の那須郡黒羽村(現在の大田原市)に生まれました。まだ、徳川家茂が将軍の頃ですが、時代は明治維新へと刻々と近づいていた頃ですね。

1868年に、明治維新により明治政府が樹立。和の父は黒羽藩の国家老を辞職して農業を試みるもうまくいかず、一家で東京に引っ越してきたそうです。

和は明治9年(1876)に、19歳で黒羽藩の次席家老の次男(故郷の大地主という説も)と結婚して一男一女をもうけたものの、夫の女性関係問題で離婚。22歳も年上の夫にはすでに複数の妾がいたそうです。

離婚後、牧師・植村正久の弟が経営する正美英学塾に通学。和が優れた資質を持つことに気が付いた植村は、教育訓練を受けて「正規の看護婦」となることを勧めます。

和は、武士階級の出身だったために最初はこの申し出に躊躇したそうです。というのも、当時はまだ「看護」という職業がなく、「汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業(せんぎょう)」といわれていたから。

家族でもない赤の他人が、患者の排泄物・傷・血液・膿・死体などに触れる仕事は宗教的や慣習的に「穢れ」と結びついて考えられることも多かったそうです。

けれども、和は、ナイチンゲールの話や看護の博愛精神を理解し、その道に進みました。

和が、開設されたばかりの「桜井女学校付属看護婦養成所」に1期生として入学したのは、28歳頃。ナイチンゲールの弟子であるマリア・トゥルーが設立した養成所でした。ここで和は、ナイチンゲール方式による教育のもと、「看病の要旨」「薬餌(やくじ)用法」「包帯術」「消毒法」など9項目を学びます。

同期には、鈴木雅もいました。和は、明治21年(1888)に養成所を卒業。この年はほかにも数校が卒業生を送り出しています。まさに、日本における看護婦の黎明期といえるでしょう。

和は卒業後、帝国大学医科大学附属第一病院(現在の東京大学医学部附属病院)に実習生として派遣されます。ここで医師とも渡り合えるほどの知識を習得し、患者に対しては慈しみと職業的な使命を持って丁寧に接することを心がけたそうです。

「日本のナイチンゲール」大関和 wiki

赤痢が大流行した時に衛生的な環境を整える

そして、和は、第一病院の外科の看護婦取締役(婦長)になります。この当時、抗生物質がなかったために、衛生知識に基づいた術後管理は、トレインドナースの腕の見せ所でした。和の担当する患者の術後は良好だったために、評判が知れ渡るようになったそうです。

けれども、看護婦の仕事が忙し、過ぎ学ぶ時間がなくなっていきます。そこで、和は教授宛に看護教育の充実や待遇改善を求めるのですが、医師らの反発を招いたことで病院を去ることになりました。

その後、明治23年(1890)には、新潟県の高田女学校でも看護婦を務め、多くの看護婦を育て上げました。

そんななか、明治20年代半ば〜30年代初頭にかけて、日本では全国的に赤痢が流行りました。

原因としては、感染症の知識がなかったこと、当時の便所の構造が悪かったこと、患者が医師にかからず売薬などで済ましたこと、隠蔽が多く消毒が徹底して行われなかったこと、医師不足と衛生委員の経験不足などが挙げられています。

和は自身が育てた看護婦たちと現場に赴き、徹底して衛生的な環境を整えました。そのことにより、死者数は激減。和は防疫の専門家として有名になりました。

日露戦争中の日本の従軍看護婦(wiki)

「日本のナイチンゲール」の名にふさわしい近代医学の先駆者

明治29年(1896)には、「桜井女学校付属看護婦養成所」で同期だった、鈴木雅が設立した「東京看護婦会」の教師を務めたり、日本キリスト教婦人矯風会の理事を務めるなど、和は、多くの重要な役職も歴任しています。

明治42年(1909)11月には神田猿楽町に大関看護婦会を開設。優良な看護婦の養成派出看護業務の開始などを始たり、女性の地位向上をするために娼婦廃止を訴えたり、禁酒運動、婦人参政権運動など、多方面に渡って活動しました。

和は、「日本のナイチンゲール」と呼ばれるにふさわしい、まさに近代医学の先駆者なのでした。

和は、昭和7年(1932)5月22日、脳溢血で闘病中だったところ状態が悪化し、73歳でこの世を去りました。

大関和が学んだナイチンゲール方式の看護。ナイチンゲール wiki

和がこよなく愛した「パン・ペルデュ」

和は、離婚後に幕府の中国語通訳の鄭(てい)家の屋敷で、女中として働いていたことがあるそう。そこでお世話をしていたアメリカ・イェール大学留学経験を持つ息子が淹れてくれるコーヒーや、作ってくれるおやつが大好物だったとか。

そのおやつとは、「パン・ペルデュ」(フレンチトースト)。ドラマの原案となった『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著)に登場するものです。

太田原市の観光協会では、地域推奨品としてこの「パン・ペルデュ」を認定したそうです。

パン・ペルデュはフランス語で「失われたパン」という意味で、硬くなったパンを利用したフレンチトーストを指します。和が、このフレンチトーストが好物だったことから商品化し、ドラマの放映をきっかけに販売も始めたそうです。

人々の健康や命を守るために忙しく働く和。ちょっとした休憩時間に、香りの高いコーヒーとパン・ペルデュの甘さに、しばし癒されたのでしょうか。

ドラマ『風、薫る』にもいつか登場しそうですね。

バゲットで作るフレンチトースト「パン・ペルデュ」photo-ac

最後に

次回は、和の「最強バディ」である、もうひとりのヒロイン、鈴木雅についてご紹介したいと思います。

史実の人物像と創作の入るドラマの登場人物は異なってくるものです。けれども、前もって実際にはどんな人物か知っていると、より楽しめるもの。

さらに、現代では、当たり前のようにケアをしてもらっている看護師という職業を生み出し育てるために、先人たちがどれだけの苦労や努力を重ねて現代に至ったのか。知っておくとより感銘を受けると思います。

NHK大河『光る君へ』では中宮・藤原彰子役を演じた見上愛さんが、「風、薫る」では「日本のナイチンゲール」大関和をモデルにした「一ノ瀬りん」を、どう演じてくれるのかも楽しみですね。

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参考:
田中ひかる 「明治のナイチンゲール 大関和物語」 中央公論新社
亀山美知子 「大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語」 ドメス出版
女子学院公式サイト 日本最初の「看護婦」大関ちか

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