朝ドラ【風、薫る】予習:逆境を切り開いた才女!ヒロイン・大家直美(上坂樹里)のモデル・鈴木雅の生涯
いよいよ、来週3月30日(月)から、新しく始まるNHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』。
ヒロインは、明治18年(1885)、日本で初めて看護婦養成所が誕生した時代に活躍する一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)の二人です。
朝ドラ「風、薫る」3月30日スタート!2分動画、相関図&あらすじがついに公開運命に導かれるように二人は同じ養成所に入所して出会い、看護教育を受けつつも、「看護とは何か?」「患者と向き合うとはどういうことか?」に直面しつつ
「強き者と弱き者が混在する“社会”を知り、刻々と変わり続けていく社会の中で“自分らしく幸せに生きること”を模索していく。」
というドラマです。
現代は当たり前のように、プロによる手厚い看護を受けられる時代。けれども『風、薫る』の時代には「看護」という概念そのものがない時代でした。
以前、ドラマの予習のお供として「看護」職のなかった時代背景や「看護」職が差別されたわけなどをご紹介しました。
朝ドラ【風、薫る】予習:看護が“賎業”と呼ばれた時代、実在2人の女性が切り開いた「看護師」という道さらに、一ノ瀬りんのモデルになった実在の人物で、看護という道を切り拓いたパイオニア・大関和(おおぜきちか)の人物像や活躍の軌跡などをご紹介しました。
朝ドラ【風、薫る】予習:日本のナイチンゲール!ヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)のモデル・大関和の生涯そこで、今回はもうひとりのヒロイン大家直美のモデルになった鈴木雅(すずきまさ)をご紹介します。もちろん、この女性も実在の人物。日本に看護という仕事を定着させた人です。
将来的には一ノ瀬りんのバディとなる直美。その人間像を知ると、「看護」という仕事の重要さが分かり、よりドラマが身近に感じるのではないでしょうか。
※現在では、「看護師」という呼び方に統一されていますが、当時の時代を伝える内容のため、この記事内では「看護婦」で統一します。
真逆な考えの女性二人の「看護婦」になるまでの物語
『風、薫る』は、NHK朝の連続テレビ小説初のダブルヒロインとなります。
一ノ瀬りんを演じる見上愛さんは、2024年の大河ドラマ『ひかる君へ』での藤原彰子役が記憶に新しいところ。つい最近では3月の第49回「日本アカデミー賞」にて、映画『国宝』で吉沢亮さん演じる主人公・喜久雄の婚外子をもうける芸妓・藤駒の役で、新人俳優賞を受賞し注目されています。
この見上さんとダブルヒロインを務めるのが、のちのバディ・大家直美を演じる上坂樹里さんです。上坂さんは、今回2410人が参加したオーディションで、このダブルヒロインの座を掴みました。
この大家直美という役は、公式サイトの人物紹介によると…
生後まもなく親に捨てられ、キリスト教の牧師に育てられた。教会を転々としてきたので「家族」と呼べる存在はいない。直美にとって信じられるのは自分の力と運。恥などいくらかいてもかまわない。プライドなど役に立たない暮らしだったため、目的のためには多少のうそやズルをもいとわない柔軟さとしたたかさがある。
という人物。
ちなみに、一ノ瀬りんは、
栃木県那須地域の山すその町で、元家老の家に長女として生まれる。物心ついた頃には一家は帰農していて、細やかではあるが不自由のない暮らしに幸せを感じていた。「己の良心に恥じないか」が判断基準。育ちは良いが視野が狭くなりがち。いざという時に潔く思い切った行動力がある。
生まれも育ちも性格も異なる若き女性二人。
「己の良心に恥じないか」と考えるプライドの高そうなりんと、目的のためにはウソもずるもいとわない現実直視な直美は、まったく考え方が異なりそう。かなりぶつかりそうな気もしますね。
けれども、このドラマのキャッチフレーズ『道をはずれた人から、いつも道は生まれた』のように、ちょっと型破りなもの同士。そんな彼女らが、日本で初めての看護婦になるまでの成長過程が楽しみです。
5年の結婚生活後、夫が死亡しシングルマザーとして上京
大家直美のモデルになったのが、実在の人物・鈴木雅です。
雅は、安政4年(1858)、第13代徳川家定の時代に、静岡県の士族・加藤信盛の娘に生まれました。江戸時代が終わり明治になるまであと10年ほどという頃です。
父親の加藤信盛は幕臣で、鳥羽・伏見の戦いに参戦した後、日本各地を転戦しつつ、最後は五稜郭に立てこもって戦い生き残ったそうです。
「子供の頃に親に捨てられて家族がいない」というドラマの設定とは異なりますね。
雅は明治9年(1876)の18歳頃、1年間横浜のフェリス・セミナリー(現在のフェリス女学院)で学んでいます。その後、1878年に結婚しました。夫の鈴木良光歩兵少佐は9歳年上で、西南戦争にて大阪鎮台歩兵第9連隊第2大隊大隊長を務めた人物です。
良光は、父親とともに旧徳川家に支えていました。明治4年(1871)に軍隊に入隊、数々の戦功により明治10年(1877)には少佐に昇進しています。
そして明治11年(1878)に、雅と結婚しました。二人は京都で新婚時代を過ごしたあと仙台に移りますが、5年という短い結婚生活後、仙台で良光は病死します。
雅は二人の子供を抱えて上京し、働くシングルマザーとしての人生をスタートすることになりました。
派出看護婦事業の発展や育成に貢献
雅は、共立女学校(現在の横浜共立学園)で学びます。この学校を創立者のひとりの女性宣教師・ルイーズ・ピアソンは英語、英文学、天文、数学、科学などを自ら担当。
化学の実験にはエドワード・ウォーレン・クラークを招くほど熱心な教育を行なっていました。そのため、この学校からは、米国で学位を取得して女医となった学生を何人も輩出したそうです。
雅はここで英語を取得。フローレンス・ナイチンゲールの著作『看護覚え書(Note on nursing)』を原書で読み内容を理解していたとか。勉強熱心な努力家だったと思われます。
そんな新しい教育の風に吹かれる学校にいたからでしょうか。明治20年(1887)雅は開設されたばかりの「桜井女学校付属看護婦養成所」に1期生として入学します。ここで、ドラマでバディとなる一ノ瀬りんのモデルとなった大関和と出会ったのでした。
ここでは、ナイチンゲール看護学校の一期生として看護を学んだアグネス・ヴェッチから、看護についてのさまざまなことを教わります。
その後、帝国大学医学大学附属第一病院(現在の東京大学医学部附属病院)でトレインドナース(※)として働き、内科の看護婦取締役(看護婦長)を務めました。大関和は、同じ病院で、外科の看護婦取締役(看護婦長)を務めています。
その後、明治24年(1891)には東京の本郷に慈善看護婦会 (のちの東京看護婦会) を創設。派出看護婦を設立して、在宅の病人を看護する看護派出事業や育成に貢献しました。
明治29年(1896)には、東京看護婦講習所を開設して派出看護婦の養成に貢献もしています。
また、雅は、日本最初の女医・荻野吟子らと大日本婦人衛生会を組織化して、『婦人衛生雑誌』を刊行。衛生に関する知識教養の普及・啓発にも努めたのです。
※トレインドナース:正規に訓練された看護婦のこと
近代的で合理的な職業観を持って活躍
荻野吟子は、嘉永4年(1851)生まれの「日本で最初の女性医師」であり女性運動家としても知られます。
吟子は慶応4年(1868)17歳の頃、武蔵野国上川上村の名主の長男と結婚しますが、数年後に夫から淋病をうつされて離婚。
上京して病院で治療を受けるものの、そのときの医師が男性ばかりで下半身を晒して治療を受けるという屈辱に、女医となってこのような辱めの治療から女性を救いたいと決意したそうです。
その意思の強さや志の高さは、看護婦業を広めるために邁進する雅とは共鳴する部分があったのでしょう。
アメリカで最先端の看護を学ぶよりも、日本で目の前の患者を救いたい……と考えてた雅。昭和15年(1940)に82歳でその一生を終えました。
『風、薫る』の原案といわれる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著)では、鈴木雅が「廃娼までは力が至らずとも、お女郎さんたちの力になることはできます。遊郭こそ、女医や看護婦が必要な場所です」と述べているそう。
大関和がナイチンゲールのようなチャリティの精神を持つとしたら、鈴木雅は「どんな患者さんでもしっかり治療をすべきであると同時に、看護は職業なのだから自分の生活もしっかりと担保しなければ」という近代的で合理的な職業観を持っている女性だったようです。
和も雅も異なる考えの持ち主ながらも、日本に看護婦という職業を確立し、多くの人命を支え助けることに人生を賭けたのでした。
公式がリリースした一ノ瀬りんと大家直美のトークで、見上さんが
「バディものは、よく片方が月、もう片方が太陽に例えられることが多い。けれどこのドラマでは、どちらかが月になればどちらかが太陽になる。それを二人で繰り返しながら進んでいく関係。それが年齢を重ねてどう変化していくのか注目してください」とのことでした。
資料の少ない鈴木雅がどう描かれるのかに注目
大関和の出身地・栃木県大田原市ではドラマに合わせて市長を会長に据えた『大関和を広める会』が発足。彼女の足跡を辿るガイドマップを作成し、市立資料館では特別展も開催、生家跡に『日本近代看護の先駆者 大関和の故郷』と大きく書かれた記念碑が建つなど盛り上がっています。
かたや鈴木雅さんの出身地である静岡県は、現時点(3月20日)では静かなままだとか。というのも大関和と比較すると鈴木雅に関する歴史的な資料が非常に少ないことにあります。
当然、ドラマでもオリジナルの「創作」が多くなりそうです。
実際の鈴木雅は冒頭でご紹介したように士族の娘であり、英語が堪能で通訳や実習指導もこなすハイスペックな才女だったそう。
ドラマでは「天涯孤独」の少女からスタートするようですが、どのようなキャラクターとして描かれるのかも楽しみです。
最後に
このバディは喧嘩もしそうですが、お互いに厳しい感染症との戦い、看護という職業への差別、看護婦という職業を日本に定着していくべき奮闘する強さや信念は同じなので、しっかりした絆が結ばれていくのではないでしょうか。
「女性が職業につくこと」に対して閉鎖的だった明治時代。
差別や抑圧、偏見と戦いながら偉業をなし遂げた鈴木雅と大関和にはリスペクトの気持ちを抱きます。
『道をはずれた人から、いつも道は生まれた』キャッチフレーズのように、型破りな二人によって「日本の看護婦という職業が確立していく」過程を楽しみにしつつ、鑑賞したいなと思いました。
参考:
『大関和と鈴木雅の人生』
『もうひとりのナイチンゲール 鈴木雅の生涯』伊多波碧
『明治のナイチンゲール 大関和物語』田中ひかる
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