織田信長の「楽市・楽座」の狙いは“宗教勢力”つぶしだった?戦国時代の市場支配の実態 (2/5ページ)
宗教勢力の既得権益
信長が楽市・楽座によって狙い撃ちにしたのは、寺社が握っていた巨大な商業利権です。
当時の市は寺社の縁日に開かれることが多く、出店には宗教勢力の許可が必要でした。そして寺社は市を通じて莫大な地代を吸い上げ、商品流通そのものを支配下に置いていました。
現代でも、お祭りや縁日は寺社の敷地内で行われることが多いですが、こうした風習の起源はここにあったのです。
さらに、こうした寺社勢力は朝廷や幕府に根回しを行い、特定の商品の独占販売権まで獲得していました。例えば酒は比叡山、織物は祇園社といった具合に、各寺社が市場を分割支配していたのです。
中世の寺社は宗教勢力どころか、利潤を追求する巨大な営利組織だったと言えるでしょう。
こうした寺社同士のシェア争いは凄まじく、時には流血沙汰にまで発展しました。もはや今で言う反社会的勢力です。比叡山と北野社が麹の独占を巡って激突した文永の騒動などは、その象徴的な事件だったと言えるでしょう。
さらに比叡山は、京都の物流を支える馬借と呼ばれる運送業者をも統制していました。琵琶湖には十数か所もの関所を勝手に設け、高額な通行税を力ずくで徴収していたのです。