内閣府政府広報室の海外向け公式月刊誌『HIGHLIGHTING Japan』に掲載――日本の洋食文化を支えた一世紀の技術と設計思想、世界へ (3/6ページ)
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■1911年、誰も作っていなかった道具を作り始めた
創業の経緯を、10代目 捧 吉右衛門はこう語っています。「1911年に私の祖父である八代目の捧 吉右衛門が、東京・銀座の商店から36人分のスプーンとフォークの注文を受けました。当時はスプーンを『匙』、フォークを『びびら』と呼んでおり、西洋料理の専用の道具は一般には馴染みのない存在でした」。
江戸時代から鎚起などの金属加工技術を培ってきた燕市の職人技を基盤に、西洋の食卓のための道具づくりに挑んだ燕物産。現在、日本における金属製洋食器の生産は燕市に集中しており、国内生産量の約9割を占めます。その産業の礎を築いた企業が、燕物産です。
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■およそ100年、デザインも製法も変えていない
フランスのロココ様式と越後の稲穂の意匠を融合させた「月桂樹」シリーズは、大正時代から現在まで製造が続くロングセラーです。1872年創業の洋食発祥の老舗・上野精養軒でも当時から使い続けられているこのシリーズについて、捧はこう語ります。「およそ100年の間、デザインや製法は変わっていません。