『豊臣兄弟!』主君を売る裏切り者…悪役ぶり全開の朝倉景鏡(池内万作)に待つ哀れな最期 (2/3ページ)

Japaaan

例えば加賀出陣中には朝倉景垙(かげみつ/かげみち)と口論に及んで自害に追い込み、また金ヶ崎合戦では朝倉景恒(かげつね)に加勢せず日和見に及ぶなど、地位に驕った振る舞いで一門との諍いが多かったようです。

「疲れているから」出陣拒否

鶴見辰吾演じる朝倉義景。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

そんな態度ですから、やがて主君である義景とも関係が悪化。天正元年(1573年)に長政の救援に向かうよう命じられた時は「度重なる戦さで疲れているから」と、あろうことか出陣拒否するに及びました。

盟友の危機にそんなことを言っている場合か……仕方なく義景自身が出馬したものの撃退され、かえって信長の侵攻を招いてしまいます(一乗谷城の合戦)。

本拠地の一乗谷城まで攻め込まれた義景に対して、景鏡は大野郡へ迎え入れました。

這々(ほうほう)のていで逃げ込んできた義景らをもてなし、ここから再起を図るのかと思いきや……ここで謀叛を起こしたのです。

温存していた軍勢で包囲して義景を自害に追い込み、その母親や妻子、近臣らを捕縛して信長に差し出しました。

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