江戸時代の農民は“弱者”ではなかった!幕府の強制検地をも断念させた百姓たちの交渉力と生活防衛術 (3/4ページ)
当時の農村は武力に匹敵する集団的な交渉力を持っていました。彼らはただ支配されるだけの社会的弱者ではなく、主体的な力を持っていたのです。
農民の実力江戸時代の農民がいかに巧みに制度をすり抜けていたかは、地租改正の際の明治政府による調査で証明されました。
江戸時代の公式記録では三千二百二十二万石だった収穫量が、実際には四千六百八十四万石もあったのです。なんと名目上の収穫量の一・五倍です。
日本中にはこれほど膨大な面積の隠し田が存在しており、農民たちは数百年にわたってこれほどの莫大な富を国家に申告せず自分たちの懐に収めていたのです。
このように、江戸時代の農民たちは驚くほど戦略的な生活防衛を行っていました。ある時は賄賂を使い、ある時は隠し田を耕し、ある時は集団で抵抗して負担を削ぎ落としたのです。
領主側も農民の反発を恐れた結果、こうしたしたたかな脱税を黙認せざるを得ませんでした。江戸社会は、実質的には農民側の意向が強く反映された相互妥協の社会だったと言えるでしょう。
当時の農民たちは制度の隙間を読み解き、自らの利益を最大化させようと努める知的なプレーヤーでもあったのです。江戸時代の豊かさは、彼らのバイタリティによって支えられていた部分も大きかったのでしょう。