『豊臣兄弟!』規格外の猛将・藤堂高虎(佳久創)ついに登場!後に豊臣秀長・秀吉に仕える激動の生涯 (3/7ページ)

Japaaan

後に高虎の伝記には

「実はあれ、主君の密命で裏切者を斬ったんですよ」

というフォローが入っていますが、高虎自身が

「カッとなってやった」

と述懐して台無しにしてしまったという微笑ましい(?)エピソードが残されています。

三人目・良い上司を見つけたと思ったら

三人目の主君は磯野員昌(いそのかずまさ)。

阿閉と同じく浅井から織田へ寝返った武将の一人で、浅井家では勇将として知られていた人物でした。

磯野は高虎の実力を認めて80石(80石の米が取れる領地を与えたという意味。1石は大人1人が1年間で消費する米の量)で召し抱えますが、磯野自身がいまいち精彩を欠き、織田家での立場を失い没落していきます。

そして最終的に、織田信長の甥を養子に取らされるという形で、磯野家は織田家に乗っ取られてしまいます。高虎も、そのまま次の主君に仕えることになったのです。

なお、高虎は後に出世して大名になった後、磯野の一族を家臣として召し抱え、面倒を見ています。

四人目・活躍は認めてもらえたものの

新たに主君となった織田信澄(のぶずみ)の下で、高虎はなんだかんだで活躍をします。そしてその活躍を認められ、親衛隊に抜擢されることになるのです。

「親衛隊になった以上、馬などもしっかりと用意せねば……あれ?」

しかし、領地の追加はありませんでした。
当時の武士は主君から土地を与えられ、そこから得た収入で武器や防具、馬などを自分で用意するのが原則でした。親衛隊になれば必要経費も増えます。

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