世界遺産マチュピチュに“村をつくった日本人”がいた!知られざる野内与吉の生涯 (3/3ページ)

Japaaan

それから年月が経った2015年、マチュピチュ村は福島県大玉村と友好都市協定を結びます。その背景には、この人の存在があったことは間違いありません。

インフラも制度も整っていない場所で、生活そのものを築いていった人がいました。
その積み重ねが、今の村の姿につながっています。

参考

IMT特別展示『黄金郷を彷徨う―アンデス考古学の半世紀』マチュピチュと野内与吉の物語 東京大学総合博物館、2026年4月7日閲覧 野内 セサル 良郎(他)編『世界遺産マチュピチュに村を創った日本人 「野内与吉」物語 – 古代アンデス文明の魅力』(2016  新紀元社)

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