『豊臣兄弟!』史実で万丸と宮部継潤の関係は?比叡山焼討ちに対する実際の評価ほか第16話を考察 (4/9ページ)
しかし信長はこの武骨な忠義者をこよなく愛しており、一説には可成を喪ったことが(浅井・朝倉を支援した)比叡山の焼討ちにつながったとも言われています。信長にとっては弔い合戦のつもりだったのかも知れません。
幸せだった?宮部継潤と万丸の関係
ともの親心をしかと受け取った継潤。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
「わしらはもう百姓ではない」「守られる側から、守る側になったのじゃ」
姉ともを説得する小一郎のセリフは、まさに侍のそれでした。自分たちの幸せや肉親の情を犠牲にしてでも、天下公益に資することこそ為政者の務めであると宣言したのです。
こうまで言われては、これまで侍としての恩恵を享受してきたともに、返す言葉もありません。弥助(上川周作)の説得もあって、ともは可愛い万丸を涙ながらに送り出したのでした。
かくして宮部継潤の養子となった万丸がその後どうなったか?については諸説あり、以前は「浅井攻略が済んだらすぐに帰された」と言われていたようです。
しかし実は元服するまで宮部家におり、宮部吉継(よしつぐ。次兵衛尉)として活動していたという説も浮上しました。