【豊臣兄弟!】信長に降伏するも改易・切腹…足利義昭に忠義を尽くした三淵藤英(味方良介)の悲劇的な最期 (2/3ページ)
その後は第13代将軍・足利義輝に御部屋衆として仕えますが、永禄5年(1562年)に伊勢貞孝(いせ さだたか)が足利将軍家を牛耳っていた三好長慶(みよし ちょうけい)を討つため挙兵するも敗死。藤英は何らかの関与があったのか、しばらく姿を消します。
やがて永禄8年(1565年)に義輝が三好三人衆(三好宗渭・三好長逸・石成友通)らに暗殺されると姿を現し、義輝の弟(当時は僧侶)で監禁状態にあった義昭を和田惟政(玉置孝匡)らと一緒に救出しました。
その後は三好三人衆らが担ぎ上げた第14代将軍・足利義栄(よしひで)から政権を奪取すべく、積極的に軍事行動なども行っていますが、あまり芳しい成果はなかったようです。
ともあれ義昭と共に各地を流転した末に、織田信長(小栗旬)の後ろ盾を得て京都へと舞い戻りました。
信長に降伏
葛藤する義昭。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
しかし義昭と信長が対立すると、異母兄弟の藤孝が信長に与したことを知って激怒。藤孝が拠る勝竜寺城(京都府長岡京市)の襲撃を計画するも失敗します。武略にはあまり恵まれなかったのでしょうか。