散髪もパーマも課税対象!「ぜいたくは敵だ」のスローガン下、戦時中の日本の税制は理不尽そのものだった (2/4ページ)

Japaaan

まさに苦肉の節税策であり、当時の理髪店が生き残るために必死で知恵を絞っていたことがわかります。

戦時中の税制は「ぜいたくを抑える」という名目で広がりましたが、実際には日常生活の基本的な行為まで負担を強いるものでした。

今述べたような理髪店の工夫は、厳しい状況の中でもなんとか店を守ろうとする姿勢の象徴だったと言えるでしょう。

課税と標語

この特別行為税は、昭和19年には一億一千万円の税収となり、戦時財政を支える重要な柱の一つとなります。

戦時中の異常な税金と言えば遊興飲食税が挙げられますが、特別行為税はそれほどの規模ではありませんでした。しかし、国が必要とする財源を確保するために、日常のサービスにまで課税が及んだ点は注目すべきところです。

国民生活が苦しくなるのも構わず、政府はあらゆる手段を使って税収を確保しようとしていたのです。

昭和初期のパーマスタイル(1933年頃・Wikipediaより)

ちなみに、戦前に国が国民に節制を呼びかけるようになったのは1937年頃からです。

当時の日本は中華民国と戦闘中で、当時の近衛文麿内閣は国民精神総動員実施要綱を閣議決定。貯蓄や消費節約、日の丸弁当持参などが奨励されました。

とはいえこの時点では、国民生活への影響はそれほどでもありません。だんだんエスカレートしたのは1939年の平沼騏一郎内閣あたりからで、3月に国民精神総動員委員会が設置されると、歓楽を慎んで節約に励むことが国民に通告されます。

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