散髪もパーマも課税対象!「ぜいたくは敵だ」のスローガン下、戦時中の日本の税制は理不尽そのものだった (3/4ページ)
そしてその後も、1940年7月には奢侈品等製造販売制限規則が閣議決定され、これがきっかけとなって「ぜいたくは敵だ」の立看板が街のあちこちに立てられることになりました。
覚えやすく、シンプルにしてインパクト十分。「ぜいたくは敵だ」は歴史に残る標語です。
これを最初に作ったのが誰なのかは諸説あり、当時大政翼賛会宣伝局で戦時スローガンの選定に関わっていた花森安治だと考える人もいます。
とはいえこの「ぜいたくは敵だ」というスローガンが用いられた時期は短く、1942年には。耐乏スローガンとして「欲しがりません勝つまでは」に取って代わられるようになりました。