朝ドラ『風、薫る』遊郭通いしながら廃娼運動の矛盾…シマケン(佐野晶哉)のモデルとされる木下尚江の生涯

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朝ドラ『風、薫る』遊郭通いしながら廃娼運動の矛盾…シマケン(佐野晶哉)のモデルとされる木下尚江の生涯

NHK朝ドラ「風、薫る」。第11週のテーマは『凪(なぎ)にそよぐ』

今週は、心中未遂で病院に運ばれてきた女郎・夕凪(村上穂乃佳)と、シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)がクローズアップされています。

一ノ瀬りん(見上愛)と初めて出会ったとき「何者でもない」と言っていた語学堪能・変わり者のシマケンですが、新聞社で「活字拾い(活字工)」をやっていて小説家志望であることが分かりました。

「風、薫る」は、実在の人物を大胆に改変し再構成した人物・数人のエピソードを重ね再構成した人物、明治時代にいた人物群を一人に集約した人物などがいます。

シマケンの場合、モチーフモデルでは?とされているのは今のところ二人。

外務省・大蔵省に務め英語教師もした鄭永慶(ていえいけい)と、社会運動家の木下尚江(なおえ)です。

※関連記事:

朝ドラ『風、薫る』短い人生を駆けた異才…シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)の実在モデル・鄭永慶の生涯

以前、上記記事で鄭永慶の人物像とりんのモデル大関和との関係をご紹介しました。

今回は、もうひとりのモデルといわれている『廃娼運動』に関わった木下尚江がどのような人なのか探ってみました。

「書く」ことに悩むシマケン。NHK「風、薫る」公式サイトより

※現在は「看護師」という名称ですが、この記事では当時の名称に合わせ「看護婦」と表記しています。
※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。

一ノ瀬りんのモデル大関和とは11歳違いの尚江

大関和は夫と離婚後、外交官であった鄭永慶の屋敷で女中として働いていたとき、「これからの女性は英語を学べば仕事はいくらでもある」と教えられ、英語を学ぶようになりました。

永慶も和も安政3年(1858)で同い年。演じる佐野さんと見上さんはほぼ1歳違い。ドラマ内でも、シマケンはりんが英語を学ぶモチベーションをくれたり、看護婦になる前から相談相手になったりしているところは、ドラマにいかされているように感じます。

かたや、もう一人のモデルと推測される木下尚江は、明治2年(1869)生まれ。和より11歳年下です。

略歴は……

木下尚江は、信濃国松本藩に代々仕えた下級武士の子として生まれました。旧・開智学校に入学し、啓蒙主義(※)教育を受けます。

明治10年(1877)、まだ8歳のときに自由民権運動が始まり、祖母に連れられ演説会を聞いていたそうです。

その後、明治19年(1886)に東京の英吉利法律学校に入学後、英国憲法の講座がなかったため東京専門学校に転校、明治21年(1888)に卒業しました。

大関和や大家直美のモデル鈴木雅(上坂樹里)の両者が、看護婦養成所を卒業、帝大医科大学第一病院(現在の東大秒院)に配属になった年ですね。

※啓蒙主義:聖書や神学といった従来の権威を離れ合理的な改革を行おうとする考え

旧開智学校校舎外観(長野県松本市開智、2026年〈令和8年〉5月)wiki

社会活動家で記者でもあった木村尚江

卒業後、木下尚江は、地元のローカル紙『信陽日報』の記者・社会運動家・弁護士などとして活動。「新鋭木下尚江入りて紙面更新、一段の生気を放てる」(松本市史)と評されるも、抵抗勢力にあい「信陽日報」は廃刊となってしまいました。

その頃、尚江はキリスト教に出合い、廃娼運動、禁酒運動などに専念し積極的に活動。『信府日報』の主筆も務めるようになります。

明治30年(1897)選挙疑獄事件の容疑で警察に捕まり、重禁錮8か月・罰金10円・監視6ヶ月の判決を受け東京に護送され鍛冶橋監獄に収容後、無罪判決となって出所。

2年後、毎日新聞に入り廃娼運動・足尾銅山鉱毒問題・普通選挙期成運動などに取り組みました。

※廃娼運動について:

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明治34年(1901)、幸徳秋水らの社会民主党の結成に参加。その後、毎日新聞で、キリスト教社会主義の立場から非戦論を盛り込んだ小説『火の柱』を連載し、ペンを武器に戦いました。

けれども、明治39年(1906)、母親の死をきっかけに社会主義から離れ人間主義の著作活動を行うように。昭和12年(1937)胃がんにより東京の自宅で死去しました。晩年はひたすら坐し経を写し思索する日々を送っていたそうです。

大関和と木下尚江が出会ったのは、明治24年(1891)頃

和は帝大第一病院を辞めて、越後高田の女学校寄宿舎の舎監として赴任した頃でした。

ドラマと同様、和は帝大第一病院で心中未遂した遊女に出会い「遊郭を出た女性が安心して暮らせる場所と自立できる職業を」という思いをずっと胸に秘めていました。

木村尚江 wiki

「廃娼運動」で出会った木下尚江と大関和

高田の教会で「廃娼演説会」を知って参加した和は、そこで「公娼制度は人身売買制度だ」と演説し拍手喝采を浴びていた木下尚江に突然声をかけられます。

原案伝記小説によると初対面なのに「ずっと会いたかった」と笑顔で積極的に声をかけ和を戸惑わせます。そんなところは、女性は得意ではないシマケンとは全然違う性格ですね。

尚江は、後輩の相馬愛蔵(ドラマでは入院していた丸山忠蔵(若林時英))から、和のことを聞かされ興味があったようです。

※相馬愛蔵について:

朝ドラ「風、薫る」新宿中村屋を築いた波乱の実業家!丸山忠蔵(若林時英)の実在モデル・相馬愛蔵の生涯

そして和に「同じ廃娼運動の同志として文を交わそう」と申し込み文通が始まったのでした。

同年、和は高田で偶然再開した瀬尾原始医師(帝大第一病院の外科助手で黒川勝治(平埜生成))に誘われ、開院したばかりの知命堂病院初代看護婦長に就任、その後東京に戻り看護婦会講習所の講師になるなど、活動の場が変わりますが文通は続いたようです。

※瀬尾原始について:

朝ドラ【風、薫る】りんの人生を動かす外科助手・黒川勝治(平埜生成)…実在モデル・瀬尾原始の実像

前述したように、尚江が監獄に収容されたとき和は面会に行き、食べ物や衣類などを週一で差し入れしたりなどを続けました。

11歳年上の和の訪問を心待ちにする尚江と、情熱的で困った人を見捨てておけない和はお互いに惹かれあいました。

相馬愛蔵の妻・相馬黒光の回想記『穂高高原』によると、尚江は11歳年上の和のことを『人形のような小娘はつまらないが、中年の女はその熟した智恵が面白い』と語ったとか。

わざとこのような物言いをする人ではあったようですが。う……ん。シマケンはこのような物言いはしなさそう。

明治23年頃(1890)の黒光 wiki

尚江の女性関係を知る相馬愛蔵は結婚に大反対

原案の伝記小説では、出獄が近づいた尚江は「結婚しよう」と和にプロポーズ。和は、全国を飛び回る社会活動家と結婚したら、看護の仕事は続けられなくなるかもと悩みます。

鈴木雅に相談すると「木下さんは、ずいぶんと芝居がかった人なのですね」とズバッと斬られてしまいます。

「風、薫る」でも感情的に突っ走るりんに対し、直美はクールで冷静な目で観察している性格ですよね。

出獄した尚江は和のいる東京看護婦会を訪ねてきました。和は仕事中だったために若い看護婦の和賀操に尚江の相手を頼むのですが……。

若い二人が楽しそうに話をし、操が退席するときに尚江が名残惜しそうに操を見つめる姿に和は違和感を覚えます。(プロポーズをしている女性の前で、ほかの女性を目で追うのはちょっと)

尚江は、看護婦会を帰る時、女学生たちに向い被っていた帽子を振り、歓声を挙げられて満足そうだったそう。

雅は「それにしても、看護婦も学生も女ばかりのところにためらいなく入ってくるなんて、思ったとおりの方ですね」とピシャリ。

う……ん。やはり、シマケンとはかけ離れた人物のように感じます。

ドラマの直美と同様、冷静に人間観察力に優れた鈴木雅。wiki

「Good job!」な相馬愛蔵

尚江と和の結婚に、尚江の後輩・相馬愛蔵は大反対します。年齢差、社会的な地位差なども理由でしたが、決定的なのは木下尚江の「女性遍歴」

尚江は「廃娼運動」をしながら熱心に遊郭通いをしていたことが発覚、愛蔵は事実を確認し、以来尚江を信用できなくなったそうです。

原案の伝記小説に登場する尚江の知人によると、深い仲にあった遊郭の遊女に「遊女の借金は法律で無効になる?」と質問されてブチギレ。

「1日法律の仕事で疲れて癒されたくて遊郭に来ているんだ。ここで法律の話などされたらどこに逃げればいいんだ!」と怒鳴ったとか。

尚江に同情的だった知人でさえ「あまりにも女性の心情を無視している」と批判するほどでした。

その後、尚江は別の遊女と懇意になり身請けしますが、恋愛ではなく癒しを求めてのことだったとか。さらに母親に「泥水の染み込んだ遊女など嫁に迎えられるか」と猛反対され遊女のほうが身を引いたそうです。

廃娼運動をしていたならなぜ差別的なもの言いをする母親に言い返さないのか……。

廃娼演説をしながら遊女と女性遍歴を重ねた尚江を許せない愛蔵は、尚江に和を引き合わせたことを激しく後悔し、和に真実を手紙で書き綴り「自分は結婚に大反対している」と心情を伝えました。

和のもとには、愛蔵の手紙と同時に尚江からも手紙が届きます。

和は誠実な言葉で精一杯伝えている愛蔵の手紙に対して、尚江の手紙は「なんとうすっぺらいのだろう」と感じたそう。さらに「なんで尚江に好意を持ったのか?」もわからなくなったそうで……原案小説のこの描写、シビアです。

でも、思い込んだら情熱的に進む和らしい感じもしますね。

和は尚江とは結婚はしませんでした。その後、尚江は以前自分の相手をしてくれた若い看護婦の和賀操と結婚。

相馬愛蔵、ほんとGood job!さすがです。

雅は廃娼運動している知人から尚江の女遊びを聞いて知っていたのでした。(和がのぼせていたので「自分で気がつかなければ熱は冷めない」と思ったそう。直美を彷彿させますね)

最後に…

いずれにしても、木村尚江は「新聞に記事を書いて廃娼運動をした」部分しかシマケン要素がない。ような。

押しの強さ・遊郭遊び好きは、シマケンのキャラクターとはかけ離れているように思えました。もしかしたら、鄭永慶と木村尚江のエピソードの一部を両方を取り入れ、アレンジをした人物なのかもしれませんね。

「新聞記者だから」=「木村尚江だ」ということであれば……。

この先に登場予定の『新潟の新聞記者。何かとりんのことを気に掛ける。』という横沢公輔(井上祐貴)が気になる存在。(「べらぼうファン」としては松平定信の再来!が嬉しい)いろいろな意味でこの先の展開が楽しみです。

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参考:明治のナイチンゲール 大関和物語 -田中ひかる 著(朝ドラ「風、薫る」 原案)

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