『豊臣兄弟!』別所長治を破滅へ導いた男?毛利派の叔父・別所賀相と“豪勇すぎる妻”波の最期 (4/4ページ)

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その後は騎馬で突撃し、篠原源八郎を撃退した上に6尺(約180㎝)ほどの大柄な男を討ち取ってみせました

しかし、劣勢は覆ることはなく、一族自害となった際には自らの手で3人の子を殺害した後に自害しました

享年は28歳と言われ、下記の辞世の句を残しています。

のちの世の道も迷はじ思ひ子を連れて出でぬる行く末の空

意味:あの世へ行く道はきっと迷わないでしょう。愛する子どもたちを連れて行く来世は、きっと明るいのですから。

敵の前では鬼のように豪勇でありながら、子たちには仏のような優しさを波は見せていたことでしょう。賀相も母は強しを体現した波を妻にもてて、きっと心強さを覚えたに違いありませんね。

参考

橘川 真一・橘川 真一『別所一族の興亡: 「播州太平記」と三木合戦』2004年、神戸新聞総合印刷 藤咲あゆな『戦国姫―落城の姫君たち』2024年、集英社

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