なぜ平安時代は“白い肌”が美人の絶対条件だったのか?平安貴族が“白さ”に取りつかれた本当の理由 (3/5ページ)

Japaaan

だからこそ、地肌が白い人もさらに白粉を厚く塗り重ね、暗闇の中で光るような白さを作り出しました。

白は単なる肌色ではなく、宮廷の薄暗い世界で最も目立つ色だったのです。

白を作る技術

白さを際立たせるため、平安の化粧法は徹底していました。まず眉毛をすべて抜き、白粉の乗りを良くします。白粉は亜鉛を成分としたもので、象牙のヘラで厚く塗り広げました。

次に、眉を元の位置より上に描き直します。これは茫膚と呼ばれ、目と眉の距離が遠いほど高貴とされました。

唇も白粉で消し、歯にはお歯黒を施しました。紅は頬に塗るもので、唇に紅を差す習慣はまだありませんでした。『和名抄』にも口紅の語が見えないことから、当時の美意識では唇に色を置く発想がなかったことが分かります。

『枕草子絵詞』より(Wikipediaより)

絵巻物に描かれる人物の顔がのっぺりとしているのは、白さを均一に見せるためです。

彫りの深い顔には陰影が生まれ、白さの輝きが損なわれると考えられていました。

平安美人の顔立ちは、「掘りの深さ」とか「陰影による立体感」を排した平面的な美であり、現代の価値観とは正反対の方向にあったのです。

白い顔に黒髪が流れ、十二単の極彩色が重なると、暗い寝殿造の中で白さがいっそう際立ちます。

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