『豊臣兄弟!』本能寺、お市の最期、天下一統…後半戦は“兄弟の絆”が崩れていく?小一郎を待つ過酷な運命 (2/8ページ)

Japaaan

天正10年(1582年) 本能寺の変で信長が横死、秀吉に従い明智光秀を討つ(43歳)
※これ以前に嫡男の与一郎(大西利空)が世を去る 天正11年(1583年) 賤ヶ岳の戦いで柴田勝家(山口馬木也)を滅ぼす(44歳) 天正12年(1584年) 小牧・長久手の戦いで徳川家康と対決する(45歳)
※この頃に名前を羽柴「長秀」から「秀長」に改めている 天正13年(1585年) 紀州征伐で副将、四国征伐で総大将を務める(46歳)
※これらの戦功により紀伊国・和泉国・大和国を与えられる 天正14年(1586年) この頃から体調を崩す(47歳) 天正15年(1587年) 九州征伐で日向方面の総大将を務める(48歳)
※この頃に長女が誕生する(実名不詳。生母は側室の光秀尼) 天正16年(1588年) 代官の汚職により秀吉から咎められる(49歳)
※次女のおきくが誕生する(生母は不明) 天正17年(1589年) 秀吉から新年の挨拶を拒否される(50歳) 天正18年(1590年) 病気が悪化し、小田原征伐(天下一統)に立ち会えず(51歳) 天正19年(1591年) 1月22日に52歳で病死する
※家督は長女の婿となった豊臣秀保(姉ともの三男)が継ぐ 後半の見どころ予想ベスト5 本能寺の変 お市の最期 小牧・長久手の戦い 四国征伐 天下一統の瞬間

本能寺の変から天下一統を成し遂げるまでの間、小一郎の生涯にはたくさんの見どころがあるのは言うまでもありません。

ここではその中からベスト5を勝手に予想してみたいと思います。前半のテンションを保ったまま、視聴者を惹きつける展開が用意されていることでしょう。

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