「王族のような暮らし」は本当だった!庶民に恨まれるほど「財閥」が巨万の富を築けた超シンプルな理由 (3/5ページ)
しかしこれは岩崎家が所有していた邸宅のほんの一部にすぎません。
岩崎家の主な資産は不動産ではなく株券であり、その財力は邸宅の規模をはるかに上回っていました。
昭和二年の長者番付では、一位から八位までを三菱・三井の一族が独占。岩崎久彌の年収は四百三十万円で、当時の大卒初任給が五十円、労働者の日給が一〜二円の時代です。
これは現代の平均年収五百万円の一万倍に相当し、単純計算で五百億円に匹敵します。一族全員が高収入で、生活は王族のような豪華さでした。
教育やキャリアも特別でした。
例えば、三菱四代目の岩崎小彌太は名門校から東京帝大、さらにケンブリッジ大学へ正規留学し、帰国後すぐに従業員十万人の三菱合資会社の副社長に就任。三十三歳で社長となり、生まれながらの経営者という立場だったのです。
反発と終焉財閥の富は圧倒的で、庶民から見れば別世界の人々でした。
しかし、それが反発を呼ばないわけがありません。大正デモクラシー期の民衆運動や労働運動では財閥批判が強まり、二・二六事件など軍部の過激思想でも財閥は敵視されました。